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CONCEPT -Think&Talk-|学び続け、進化し続けるビジネスマンに向けて、さまざまな業界のトップリーダー たちと仕事観を語らう。

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人としてフェアでありたい―岡 学さん

【第2話】変わることを恐れない。80は受け入れ、20は譲らない。
2018年06月28日
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世界が急速にグローバル化していく中、その最先端の企業において、どんなポリシーを持って
進んでいかれたのか。「変わることを恐れない。80は受け入れ、20は譲らない。」お楽しみください。

岡学

AT&Tジャパン株式会社 代表取締役社長 岡 学さん

HP:https://www.corp.att.com/jp/

-Profile-


1972年京都生まれ。コーネル大学経済学部卒業後、日本IBMに入社。ネットワーク・エンジニア、プロジェクトマネジャーとして、グローバル企業のネットワーク展開を担当。2000年AT&Tジャパン入社、法人向けITサービス部門のマネジメントを歴任し、2008年にサービス統括エグゼクティブ・ディレクターに就任。日本の中で閉じていたサービス部門をグローバルの組織へ統合し、システムやプロセスの標準化を実現。2010年より現職。

 

#1 B to BでもB to Cだと心に置いて仕事をする
#2 変わることを恐れない。80は受け入れ、20は譲らない。
#3 自分らしさを保つため、こだわりを捨てたい。

ご兄弟はいらっしゃいますか?

はい。2歳上の兄と6歳下の妹です。

真ん中なのですね。真ん中だからこその性格というものはありますか?

自分ではあまりわからないのですが、要領はいいと言われますね(笑)。

そんな気がします(笑)。ご出身はどちらですか?

京都です。けれど、父が商社マンでしたので、生まれて10ヶ月でニューヨークへ行きました。そして小学1年で帰国しましたが、中学でまたアメリカへ行き、それから大学卒業までを過ごしました。

そうだったんですね。ではアメリカに留学で行かれたわけではないのですね。どっちかというと半分アメリカ人ですね(笑)

(笑)入社した時は「3分の2がアメリカでした」って言っていましたね。今はもう3分の1になってしまいましたけど(笑)。

ご両親はどのような方だったのですか?

あまり、厳しいという印象はないですね。どちらかというと好きにさせてくれました。父は海外出張が多かったですが、いろいろな人を家に呼んだり、旅行へ連れて行ってくれたり、本人も好きなことをやっていたなと思います。
母は、落ち着いている女性でした。我慢させられているわけではなく、自然に母親業をやっているといった印象です。両親が喧嘩しているところも見たことがないです。

お母様をそのように表現される方はなかなかいらっしゃいませんよね。

そうですね。教育ママでもなかったですし、子どもをこうしたいというような熱意があったわけではなく、ちゃんと子育てをしているといった人でした。

それで、こんなに立派に育てられたのですね。

母は私のことを要領よくやってるなと思っているでしょうね(笑)。

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今のお仕事、社長業はどのようなお仕事ですか?

今は、アメリカの弊社の業績に貢献する、これは当たり前のことです。ですが、ここに全てのモチベーションを感じているかというとそうではなく、やはり、弊社の存在意義ですね。
お客様から見て、この会社がなぜ必要なのか。
今やビジネスで上手くITを使わないと立ち行かないので、私達がITの難しいところを引き受けて、「あなた達でないとできなかった」と言ってもらえる企業でありたいと思っています。お客様にとって我々がそういう存在でなければ、日系のほかの企業に行くでしょうし、ここは差別化していきたいです。

具体的に、どういう差別化をしているのですか?

全世界で一環した同じサービスを提供するという面で、私どもは長けていると思います。日系の同業他社さんは、日本発でサービスを展開しています。日本やアジアにおいてはサービスが充実していても、世界中で同じレベルのサービスが提供できるとは限らない。そういった点では世界中でグローバル標準のサービスを提供でき、かつローカルの事情が分かる人材を各地域に配置しているのが私どもの強みです。

社長ならでは、事業部長ではなく社長だからこその思いというものはございますか?

実は、私は法人の代表ですが、社内のおいては営業の部門長なのですよ。外資系でよくある縦割り組織です。ですから他の部門の責任を直接持っていません。

そうだったのですか。存じませんでした。

だからといって気にかけないわけにはいかない。日本にいる以上は日本のお客様の役にたたないと、ここに居る必要がなくなります。弊社は、とある業務を日本で行う必要がないと判断されると、もっとコスト効率の良い国に移すということは積極的に行っています。例えばインドや、東欧のスロバキアのセンターに業務を集約します。コスト部門は常にそういうところを見ています。「なぜ日本にこの業務をしている人がこんなに必要なのだ?」となるのですよ。そうなると、「日本のお客様にこういうニーズに応えるためだ」と堂々と言う必要がある。私は直接的には営業部門の責任があるのですが、それだけではなくサービスを提供してサポートを続けることがよりよい弊社の評価につながる。それによりビジネスのボリュームが増えていくことを考えるとJapan全体を見なければいけないという責任も負っています。

そうすると、アメリカ本社に対して要求するということが社長としての仕事のひとつということですか?

そうですね。日本のお客様に満足してもらえる会社であるために、こういう投資をしてくださいと言う責任をもってします。外資系の海外法人の多くが抱える課題かなと思われます。
10年ほど前に日本の組織が縦割りになってグローバルの部門に統合されたのですが、そこで些細な問題が露呈しました。ディレクトリーに日本語の名簿が必要なのか、各部門で作った個別のシステムを維持することって必要なのか、日本にしかないシステムのために維持費をかけるのはどうなのか。この部門は、出費が多いが、その費用はお客様のために使われるているものなのか?
そういった問題を一つ一つ精査していきました。
私の根底にあるポリシーは、8020ルールです。8割がたは変化を受け入れ、残る2割の守るべきところは守るという考えです。グローバル標準を拒み続けてできない理由を並べても、「韓国や中国ではできるのに日本でできないわけはない」と言われます。この会社で働いている以上は受け入れて、どうやって行くかを考えなければいけません。8020と言いましたが、90107030かは会社によって違いますね。ただ、大部分で受け入れていかないとグローバル企業で働いていくことは難しい。
でも、20は絶対に必要だから譲らない部分。日本のお客様にこの品質を届けるために絶対必要だからです。ここを譲りだしてしまうと、おかしくなる。

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それこそここに居る意味がなくなりますね。

まさにそこなんですよ。それを皆にわかってもらいつつ、いかに上にうまくみせていくかというところです。感情で訴える部分と、理屈で説得する部分にうまく分けて交渉する必要があります。この縦割り組織になったのはある意味私の転機となりました。

昔から80受け入れられていましたか?

昔は80受け入れられなかったかもしれません。もともとグローバル企業としてやってきたというよりは、当時はビジネスの大部分が国内のビジネスでした。その頃国内ビジネスの主役だったメンバーは、アメリカから口を出されることを好ましく思っていませんでした。正直私もその傾向があったかと思います。とはいえ、日本以外では、だってアメリカの会社なんだもん、という感覚がマジョリティなんです。
これは本当に必要だろうかと自問自答してみる。変えると大変だとか、今までやったことがないからという理由でやらないのは確かに合理的ではないです。8020というのはあくまでも目安ですが、半々ではないよということです。

ちなみにこの80を受け入れようと思うようになられたきっかけはありますか?

自分と同じ立場の部門長はみな海外の方です。今まで海外の方は先ほど言ったように、時間にルーズだったり、準備できていなかったりというイメージだったのですが、部門長の方々はとても優秀でした。発想がシャープだったり、引き出しが豊かだったり、想像していた以上でした。日本人が一番だと思っていたのですが、それなりの経験を経てその要職についている海外の仲間を見て、今までの自分は閉じていたなと気づきました。

思い出に残る失敗談はありますか?

お客様の全国の販売店のネットワークを止めたことですね。お客様のIT担当が社内の各所やその先のお客様から猛烈に責められているのを知って、謝りに言った時はぴりぴりしましたね。仕事の上での失敗は被害が甚大だと当然心は痛みます。
でも私自身、もっと痛いのは、人間関係がうまくいかないこと、例えば、部下がネガティブな理由で会社を辞めるときですね。
相談を受けたときに、もっと旨く接していたら止められていたのではないかと思うことがあります。他の会社へ移ることは悪いことではありませんが、それでも自分のコミュニケーション次第でもっとよい結果になったのではないかという思いは残ります。
仕事上でやらかしてしまったことについては、次は同じ失敗をしないと割り切れても、人対人というの残りますね。

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ではそういったとき、立ち直るためにされていることはありますか?

願をかけたり、おまじないとか、占いとか、信じないのですよ。現実主義者です(笑)。ですから、これをすると切り替わるということはあまりありません。日ごろから身体を動かすとか趣味のことをやっていますが切りかえようと思って、走りにいく、美味しいものを食べようとしても、せっかく楽しいことをしているのに結局は考えてしまう。立ち直るために、切り替えるために何かをするということはしないですね。

日ごろから切り替えておこうということですね。

そうです。いかに日々の状態を良くして余裕を持っておけるかかということですね。そして悩むときはとことん悩みます。性格的にそんなに簡単にスパッと切り換らない。ですから日ごろからいかに健康健全であるかということを心がけています。

(撮影協力 本多佳子)

 

#1 B to BでもB to Cだと心に置いて仕事をする
#2 変わることを恐れない。80は受け入れ、20は譲らない。
#3 自分らしさを保つため、こだわりを捨てたい。