効率化=選択と集中ーリュウ シーチャウさん
2018年12月06日
シーチャウさんとの出会いは、P&Gの後輩からのご紹介でした。物怖じすることなく、正しいと思ったことをきちんと伝えてくれる生き様に深く関心を持ちました。今回のご転職は、外資系メーカーからは珍しいベンチャーへの転身。
どこに視点を置き、何を大切に生きていらっしゃるのか。常に躍進を続けるシーチャウさんの魅力に迫ります。
株式会社FOLIO
CMO
リュウ シーチャウさん
HP:https://corp.folio-sec.com/
一橋大学卒。P&G、レキットベンキーザージャパンで複数消費財カテゴリーのマーケティングを経て、ジョンソンエンドジョンソン(J&J)のマーケティング本部長に就任。全ブランドの売上及びその収益責任を負い、かつデジタル戦略を統括する。二年間で全ブランドのマーケットシェア向上を実現した後、J&J香港の現地社長として赴任、一年間でV字回復して軌道に乗せる。2018年7月より現職。
簡単に人生のサマリーをお聞かせください。#1 誰にでも考えつく「当たり前」を実行する
#2 目標は中の上!62点を効率よく目指す
#3 何をやるのかを決めるのではなく、何を捨てるのかを決める
高校まで中国にいて、大学から日本に来ました。海外で何かを学びたかったのです。
何を学びたいという特別な理由もなく日本に来ましたので、当時日本語は喋れず、それから日本語を勉強し、一橋大学に入学しました。特に長く居るつもりもなく、留学が終われば帰国するか別の国へ行くと思っていましたが、グローバルカンパニーであるP&Gに内定をもらったので入社を決めました。そうこうしているうちに日本人の主人と出会い結婚し、なぜか長く日本に居ます。
では、結婚がきっかけで日本に長く居らっしゃるのですか?
はい、そうです。結婚がなければシンガポールに行っていたと思います。P&Gでシンガポールへ行くアサインメントをもらいましたが、ちょうどその頃プロポーズされていたことで東京にとどまりました。
何歳の時ですか?
25歳です。26歳で結婚し、27歳でP&Gを退職しました。転職しようと思ったというよりは、転職もありかなという感じでした。P&Gのアサイメントは、神戸かシンガポールでしたから、働く場所の選択が多くない、そんな時ヘッドハンターから声をかけてもらい、レキットベンキーザー(以下RB)という会社に入りました。
なぜその会社を選ばれたのですか?
あるブランドとの出会いです。RBのドクターショールという足のブランドに初めて出会った時に、とてもいいブランドだと思いました。前職でヘアケアをやっていた時は、シェアの奪い合いでした。そのシェアが上がったか下がったかが判断材料なので、世の中にいいことをしているいう思いよりも、目線がついつい競合の方に向いてしまいます。
P&Gで担当していたもう一つ、ぺットフード市場も、ゴールデンレトリバーとトイプードルでは食べる量が5倍ほど違うのですよ。どんどん小型犬が増えてくると毎年マーケットサイズが小さくなってきます。その中でビジネスを伸ばすというのは、それでも方法はあるのでしょうが、結構切ないです。
なかなかプラス成長ができない。もう少し世の中のためになり、ビジネスも伸ばせる、そういうブランドがあるといいなと思っていたところに、たまたま出会ったのが、ドクターショールでした。シャンプーはほぼ全員が使っていますが、足のケアをしている人は、その当時、20数パーセントしかいませんでした。ですが、足の悩みは平均5個くらい持っています。
かかとがガサガサだとか、臭い、巻き爪などの悩みがあるのに、ケアをしている人でさえ1つか2つくらいのケアしかしていないのが現状でした。ホワイトスペースがたくさんあります。フットケアは、ヘアケアやフェイシャルケアに比べて無視されがちなのですが、足はとても大切な部位です。別に顔にニキビが出ていても、仕事もできるし、飲みにも行けますが、足が動かなければ、どこにも行けません。これから高齢化になっていく中、足の重要性が高まっていくので、マーケティングとしてできることがあると思ってとても興味がわきました。
ドクターショールをやってみたくて入社を決めました。
そちらにはどのくらいいらっしゃったのですか?
3年半です。
この後、なぜ転職されたのですか?
RBに入社し、「絶対にこのブランドは伸びる」と思ったドクターショールを2年程担当し、会社の中の一番小さなブランドから、プライオリティブランドへと成長させました。2年間で2.5倍の売り上げになったのです。新製品も上手くいっていて、eコマースも立ち上げました。もともと入社した時、eコマース担当は1人しかいなくて、売り上げのウエイトは全体の1%でした。それが2年で売り上げが10%になりました。その頃には5、6人のチームになっていて、言ってみれば、comfortableになったんですよね。入社した時は、社内にブランドがたくさんあるとプライオリティを取りに行くじゃないですか、私が担当したブランドは一番プライオリティが取れなくて、ミーティングをセットしても、来てもらえないのですよ。みんな「なんでこれをやらなきゃいけないの?」という雰囲気で、何度セットしても来てもらえないので、こちらから来てもらえるよう探しに行くというようなことをやりました。商談すらしてもらえないようなブランドから、会社で一番profitable(利益が出る)かつ伸びているブランドに成長しました。
一番というのはすごいですね。
伸び率は2年で2.5倍と圧倒的でしたしね。そうして、注目されるようになり、マーケティングの予算も昔に比べるともらえるようになりました。営業の人からしてもプライオリティが高く、社内の賞を貰えるようになったことでcomfortableになっていたなと思います。入社したての頃、全く実績がない時に色々やろうとしても信憑性がないじゃないですか。逆にあり過ぎると、ちょっと動かしたいだけなのに、みんなが注目する。そういうことに違和感を感じ始めて、自分の中で一つ成し遂げたという感情があった時に、たまたまヘッドハンターに声を掛けられました。「ある会社がマーケティングヘッドを探しているのだけどやりませんか?」それがジョンソン・エンド・ジョンソン(以下J&J)でした。その当時J&Jは前職の倍ほどの売り上げがありました。しかもマーケティングヘッドというポジションだったので、私にとっては今よりも大きいマーケットと昇進でした。その募集要項には経験が15年以上と書かれていました。私の経験は当時7年で、条件の半分にも満たないので一瞬躊躇しましたが、そのヘッドハンターは「わからないけれど、合いそうな気がするから行ってみてはどうですか」と言ってくれました。受かるかどうかはわかりませんが、受けるだけでも経験になるなと思い受けに行くと、なんと合格しました。私はチャレンジすることが好きなので、面接の中で色々とチャレンジできるお話を聞いていたので、やりたくなり転職を決めました。RBの人も好き、ブランドも好き、会社も好きでしたので辞めたくない気持ちもあり辞める時は泣きましたね。自分のネクストチャレンジの為に転職を決意しました。しかも受かった時点で世界で一番若いディレクターとなりました。
J&Jを選んだ決め手は何ですか?
J&Jは20数名のチームで、そこをどういう風に組織デザインできるのかとうのがとてもチャレンジングで面白そうだったからです。
RBの時、部下は何人くらいいらっしゃったのですか?
RBの時は、ダイレクトレポートが2~3人で、部下ではないけれど、ある一部の業務に関しては部下という人が4人くらいでしょうか。
それが、マーケのヘッドになられたことで、20数名のチームになったということですね。
はい。
ここには何年くらいいらしたのですか?
3年です。マーケのヘッドを2年やり、香港のカントリーマネージャーを1年やりました。
これも最年少ですか?
他の国の人を調べていないですが、恐らくそうだと思います。31歳で転職し、33歳でカントリーマネージャーになりました。
すごいご出世ですね。
出世しようとは全く思っていませんでした。ただ、仕事に普通に向き合って、やっていれば結果が出るじゃないですか。結果が出ればある程度フェアな会社でしたら、評価してもらえるという感覚です。ですから、出世したいと思ってやったことは、ほとんどありません。むしろ上司と激しく喧嘩をしたり(笑)、グローバルの人と揉めたりしていました。ただ、自分がこうやった方が正しいと思うのならやる、P&Gでもconsumer is bossというじゃないですか、消費者にとって正しいことだと思うのであれば、それが例えば社長と喧嘩になろうが、別に気にしないです。もし出世が大事であれば、こんなことはやっていなかったと思います。
それよりは自分が正しいと思うことをやってきたということですね。
そうですね。結局、上司の言うことを聞いて、ビジネスの結果が悪ければ、それはそれで上司をリスクヘッジとして使っただけだったかもしれないけれど、それは自分のキャリアのプラスにはならないじゃないですか。だったら、最終的に自分が正しいと思うことを、絶対結果がでるようにやって、そのプロセスとして上司との対立があったりするのも私はいいと思っています。
それってセンスが必要ですよね。自分が正しいと思ってやっていても上手くいかないことってありませんか?
たくさんありますよ。それは、そこに学びもあるし、軌道修正していけばいいことです。正しいと思う事って、みんなもそう思っていて、ただ組織が大きくなればなるほどできなくなるということがあると思います。ですから、センスがあるというよりは「当たり前」という感覚を持ち続けているだけです。例えば私が香港に行った時に、ニュートロジーナというブランドがあり、数年間で売り上げが半分以下になり急降下していました。ニュートロジーナはスキンケアのブランドで色々なカテゴリーがあり、例えばフェイシャルケアやフェイスマスク、メンズ、ハンドケア、ボディケアなどあり、それまではビジネスモデル的にサポートしていました。例えば、春はフェイスケア、夏はUVのキャンペーンをやって、マーケティング予算をかけ、サポートしてきたのですが、普通に考えたら、売り上げが半分以下になるとマーケティングの予算も半分以下になるじゃないですか。そうすると今まで年に6回キャンペーンをしていたとすると、その1回1回も半分以下の予算になります。しかもCMを作るのにセレブリティを使います。その固定費があるので、変動費のメディアに使える費用は少なくなります。普通に考えるとわかることですが、バイヤーに「今年、UVはサポートしません」というのは怖いので結局全部サポートしている。それは営業からしてもバイヤーをだますことじゃないですか。今年UVの新製品も出すし、テレビもやるからと言っても、そこにかけられる費用は少ないので、やっても売り上げは上がらない。という悪循環がずっと続いていて、売り上げは落ち、バイヤーの信頼も失っていました。私が香港に行った時はとても悪い状況だったのです。私は普通に消費者の目線でこのブランドのことを見たいと思いました。
どうされたのですか?
ブランドマネージャーに、ここ2年間の消費者の目に触れたものを全て見たいとお願いしました。プレゼンは要らないので、消費者が見たものだけを普通に二人で1時間見たあと、二人で話し合いました。「どう思う?これだとバラバラで何も覚えられないよね」と。そこにどのくらいのGRP(延べ視聴率)があったかを見ても、ほとんどない。「この中で消費者が見たものがあるのか?」「1年後このキャンペーンがどういう結果をもたらしたのか」を精査していくと、結局、物をたくさん作ることが大切なのではなく、思いを持って一つ良い物を作ればいいんじゃない?という話になりました。では、「これだけ色々なプラットフォームがある中、2年前に戻って1つだけしかやれないとするとどれをやりますか?」と聞くと、彼女はハイドロブーストという結構昔ながらのフェイシャルケアを選びました。それは、10数年前にニュートロジーナを有名にしたアイテムでした。それだけをやりたいと言いました。「では、営業は色々言うかもしれないけれど、今年はこれだけをやろう。その代わりこれをものすごく良くしよう」ということに決め、彼女の時間をこのハイドロブーストだけに使わせたのです。これは去年の6月の話です。ですから去年の冬はハイドロブーストだけをやりました。ハイドロブーストは売り上げが30%ほどありました。残りの70%を捨てるわけではありませんが、70%はサポートしていても伸びないのならいいかなと思い放置しました。
結局ハイドロブーストは+100%になりました。他のものは確かに下がりましたが、サポートしていても下がっていたので、下がり幅が違うだけのことでした。そしてニュートロジーナというブランドが2年ぶりにプラス成長になりました。これはセンスがあるからできたわけではなくて、普通に考えるとビジネスクエスチョンで、どうしますか?お金が足りなくてという話になればみんな私と同じことをすると思うのですよ。
そうなのかしら。それはちょっと同意しかねますね(笑)でもシーチャウさんとしては、そこまでは普通に考えつくことだということですね。
そうです。考えつくと思います。けれど、実行しようと思うときに誰かに「サポートしなくてどうするの」だとか「新製品をどうして香港だけlaunch(世に送り出す)しないの?」と言われます。
えっ、世界では新製品を出しているのにlaunchしないことがあったのですか?それは勇気がいりますね。
例えばUVケアを出しますといっても、香港で去年出したものはあまり売れていない、市場データを取ってもマイナス60%でした。それと同じものの違うSPFを出そうとしていたので、「なぜこれをやるの?」という話になりました。
それは世界的にはそんなに売上が落ちていない商品ですか?
世界的には人気のある商品ですが、アジアでは日焼け止めはサラサラのカルチャーになっていて、香港でも軽いタッチのUVケアが人気を集めていました。けれど出していた商品はベタベタで、ヨーロッパでは受け入れられてますがアジアではどんどんニーズが無くなっていたのに、私が来る前にすでにその商品をlaunchすることが決まっていました。それをひっくり返すのは簡単なことではなかったですね。
それは営業マンとしては期待してしまいますね。新商品で巻き返したい!と。そういう事を言ってくる人とのやり取りだし、葛藤ですよね。
葛藤です。営業は私にレポートしていたので、みんな不安に思っていましたが、そもそもいろいろなことをやり過ぎて、忙し過ぎるという問題がありました。意味のない忙しさを何とかしようと、コーチングやケーススタディをみんなとやり、信頼を築きました。
ケーススタディをやるっていうのは、別のどこかのケースをやるということですか?
town hall meetingで今まで私たちがどれだけ大変だったかということを数字化してビジュアル化したのです。例えば当時、香港の人数は60人でした。日本はその倍以上でした。日本のSKU(アイテム数)は200ほどでが、香港はいくつだと思いますか?と聞いてみる。そしたらみんなわからない。
いくつなんですか?
その当時で458です。
え~!そんなにあるのですか。
日本のブランドは10程に対して香港のブランドは19でした。従業員の満足度のリサーチでも香港は高くなく、ジョブマーケットの中でも人気ではなかったのです。理由は忙しいからです。日本の半分の人数で倍以上のSKUとブランドをやり忙しくないわけがない。むしろ頑張り過ぎなんじゃないかという話をしました。そこから一つ一つのパフォーマンスを見ていくと、全くサポートしていないブランド、売れていないブランドにトータルどれくらいの時間をかけているのか、消費者に理解してもらうためにどれくらいの時間を使っているのか、今月何回店頭に行ったのか?という話をして、一回現実を見ようと、一日オフィスをシャットダウンしたのです。
オフィスをクローズして、人事もサプライチェーンも含めて全員で買い物に行きました。それは単純に、「買い物をしよう」というもので帰ってきてみんなで何を買い、どう思ったかを互いにシェアしました。みんなの言葉から、「陳列棚が汚い」だとか「パッケージが揃っていない」とかが出てきました。ちょっとだけでも店頭に行くとこういうことがわかる。だから、同じ時間を使うならオフィスで新製品のことばかりやるより、こういうことに時間を使う方がいいのではないか。そうやって私のやり方をみんなに納得してもらい、そこから毎週金曜の午後2時からはNo meeting dayにしたのです。金曜午後はオフィスにいてもいいし、店頭へ行ってもいい、海外へ行きたい人は行けばいいし、ビールを飲みに行っても、ショッピングへ行ってもいいという日にしました。そうでもしないと実は香港の人は日本人よりも長時間働くのです。時間を区切ることで、みんなに自分の時間を作るようにしてもらいました。最初はみんな戸惑っていましたが、それをやり始めてからプラス成長になりました。ですから、時間ではないと思っています。どれだけそこにクオリティを出すための思いが込められているのか。それも別に時間の使い方というよりは頭を使って仕事をしているか、作業としてこなしていたらいつまでたってもクオリティはよくならないじゃないですか。
本当に勉強になります。
(撮影協力 本多佳子)
#1 誰にでも考えつく「当たり前」を実行する
#2 目標は中の上!62点を効率よく目指す
#3 何をやるのかを決めるのではなく、何を捨てるのかを決める