介護業界にイノベーションを起こしたい―三浦祐一さん
自分の大切な人を入れてあげたくなるホームを作る。そのぶれない思いがホームのあちこちに
散りばめられていました。三浦さんのおばあさまへの思いに胸を打たれました。第2回お楽しみください。
社会福祉法人天佑
理事長
三浦祐一さん
1963年生まれ。東邦大学大橋病院医事課、医療法人友康会(行徳中央病院・埼玉飯能病院)理事。事務局長、大手医療福祉グループの経営理事、㈱メディカルクリエイトのコンサルティング業務を経て、2011年、社会福祉法人天佑を設立。2012年3月より特別養護老人ホーム アンミッコを開設。元全日本病院協会診療報酬委員。 自由が丘に、フレンチビストロをオープン、南フランスの料理とワインを楽しめるお店として人気を集めている。
#1 いつか起業することを夢見ていた
#2 自分らしく人生最期の時を迎える場所をつくりたい
#3 なりたい自分に近づくためにお金を使う
三浦さんご自身の仕事のことについて、もう少しお聞きしたいのですが、どういう事をされていますか?
この特別養護老人ホームの運営と、この隣の入間市で2件デイサービスをしています。来春から、この施設の隣にもデイサービスを作ります。そこにクリニックも誘致します。クリニックは再来年からの予定です。後はコンサル業も行っています。
クリニックは内科ですか?
そうですね。訪問診療のクリニックです。
今、このホームにおいては、お医者様はどのくらいの頻度で来られるのですか?
契約をしている医師が週に一度来てくれます。毎週入居者の4分の1くらいを診てもらっているので、月に一度くらいのペースで診てもらえることになります。具合が悪い人や、必要な人は毎回診てもらっています。
ではコンサル業は具体的にどのようなことをされているのですか?三浦さんならではのこだわりはありますか?
ほぼ、医療機関のコンサルです。コンサル業は、調べて資料出して終わりというのが多いですが、私は実践して結果が出るまでがコンサルだと思っていますので、そこまでフォローしています。
決して、ペーパー出して終わりではなく、どうすればそれが実現できるかというのを一緒に考えてやっていきます。
普通のコンサルというのは単発なのですか?
普通のコンサルは3か月くらいの単発が多いです。
わたしのイメージでは、コンサルの方とクライアントはずっとお付き合いしているのかと思っていました。
まあ、コンサル業にもいろいろありますからね。社労士のような士業が労務関係の顧問的な役割をしていたり、コンサルは、日本においては顧問的な人が多いように思います。けれど、本来、コンサルというのは短期間で普通の人が調べきれないものを全て調べて、徹底的に出して、報告書を上げる終わりです。ですが、クライアントはそこに多額の対価を支払うわけですから、こうしたら、売り上げが何億上がりますという結果を出さなければいけないと思っています。
私の以前勤めていたコンサル会社には二通りの人がいて、一つは純粋にコンサル業をしている人と、もう一つは私のように現場のことをわかっている人です。グレーヘアーコンサルタントと呼ばれています。
どういう意味ですか?
業界を知り尽くしているという意味です。よく社長に「三浦さん、もう分析とかは若い人にお願いして、もっと実務に近いこと、現場のインタビューとかをやってください」と言われます。ですから今は純粋なコンサルというよりは顧問的な役割が強いのかもしれません。そして結果にはこだわっています。今は、昔コンサルに入らせていただいたクライアントから、月1回くらいでいいから来てくださいという依頼があったりするので、相談を受けています。
自由が丘でワインバーもされていますよね。
以前はワインバーだったのですが、最近フレンチビストロになりました。タテルヨシノにいた若いフレンチのシェフと南フランスのドメーヌの9代目がソムリエとして入りました。この二人が南フランスの料理と南フランスのワインでもてなすという店です。自由が丘にあります。
三浦さんご自身もソムリエ資格を取得されましたよね。
はい、3年前にとりました。去年は唎酒師という日本酒のソムリエもとり、今年はチーズプロフェッショナルというのを受けています。今一次試験が終わってちょっとほっとしているところです。
それを学ぼうという目的はどういうところにあるのですか?
ワイン、お酒、チーズの資格を持っていれば、ビストロをしていく上での知識が一応そろうなあと思いました。お店でもチーズは出していますから、お客様にそのチーズのことをご説明できます。どういう場所でどういう風に作られたのか、どういうこだわりあるチーズなのかをお話できます。それに、これを取得したら、デパ地下のチーズ売り場に立てますからね(笑)失業したらチーズ売り場で頑張ってチーズ売りますよ。
私、お酒は飲めないのですが、チーズは大好きなのです。今度ぜひ食べてみたいです。
ダブルクリーム、トリプルクリームってご存知ですか?とても濃厚でミルクを感じるチーズなのですよ。語りだしたら止まらなくなります。チーズは奥が深いですよ。
面白そうですね。
ではお話をもどして、こちらは特別養護老人ホームですが、こちらを始められたご自身の想いを教えてください。
私は初孫でおばあちゃん子だったのです。両親は共働きでしたので、ずっと祖母が育ててくれました。その祖母が脳梗塞になり病院に運ばれました。そして治療が終わり、急性期は過ぎたので自分の病院に転院してきたのです。それまで私の病院は「まあまあ環境のいいところ」だと思っていたのですが、一日中着替えもせずに病院の寝間着を着たままで、朝から晩まで同じベッドの上にいる。汚い話ですが食事も排泄も同じベッドの上で、週に2回ほどリハビリがある。食事の介助もしていたのですが、ミキサー食です。それを食べてみたのですが、美味しくもなく、しかも、それが何なのかもわからない。そんな祖母を見て、「ここに幸せがあるのだろうか」と思いました。
何の治療もないのに、病院に居る。少なくとも、高齢者が幸せな環境ではないと感じた時にちょうど、介護保険制度が始まりました。グループホームなどの新しい施設や、個室介護などができて、そこでは、朝はちゃんと着替えています。車いすに座りっぱなしではなく、ちゃんと椅子に座っている。グループホームだと、一緒に買い物に行き、食材を買い、キッチンに立ち、食事を作る人がいたり、洗濯物を畳む人がいるという環境を見たときに、「これはいいな、やってみたい」と思ったのです。
この施設でも、お買い物とか一緒にされているのですか?
ここはグループホームに入る人よりも介助が必要ですので、買い物には行けませんが、洗濯物を畳んでもらったりしていますよ。
おばあちゃん子だったから、おばあちゃんにこういう事させてあげたいなという思いが原点におありなのですね。
そうですね。ここができる前に祖母は亡くなってしまいましたので、入れてあげたかったなという思いは今もあります。
自分の身内を入れてあげたいと思える場所を作りたいということですね。先ほど、お食事を見たときには本当に感動しました。
そうですね。食べるということは生きていく上で最大の楽しみと言っても過言ではないと思います。ですから、食事は柔らかさを変えて、形成しなおして、みなが同じように楽しめるための手間は惜しんでいません。
素敵ですね。ところで、三浦さんはどのようなお子さんでしたか?
大人しくて静かな子どもでした。授業中は分かっていても、手が挙げられない。当てられたらどうしようと思っていましたね。中学生くらいになり、少し性格が変わってきました。
どうして変わられたのですか?
変わろうと思ったのです。父は太陽のような人でした。100人位いる中に父が入るだけで、場の雰囲気がパッと変わりました。そういう風になりたくて変わろうと思いました。
父はとても社交的で、周りの人にフランクに話しかける人でしたので、そんな姿にあこがれていたのだと思います。その父が社長でしたから、「社長になりたい」と子どもの頃の作文に書いていました。社長と言っても父の作った会社を継ぐのではなく、起業したかったのでしょうね。
お父様を尊敬して目指してこられたのですね。
三浦さんご自身の強みを教えてください。
楽観的、ポジティブシンキングです。
それはそう在るように気を付けていらっしゃるのですか?
元来ですね。大抵のことは一晩寝たら忘れます。前の日飲んだ記憶も一緒に飛んでます(笑)
(笑)ちなみにここは弱いというところはありますか?
一つのことをずっと掘り下げてやることはできないですね。飽きっぽい(笑)
ここはもう認めています。ですから、自分が最後までやりきろうとは思っていません。私は方針を決めるだけで、あとの細かいところは、それが得意な人に任せようと思います。そもそも一人でやれることは限られていますから。一人で管理できるのが10人だとしたら、その10人にそれぞれ得意分野を分担したら、結果は私が一人でやるよりも大きく出てきます。
(撮影協力 本多佳子)
#1 いつか起業することを夢見ていた
#2 自分らしく人生最期の時を迎える場所をつくりたい
#3 なりたい自分に近づくためにお金を使う